2021-05-07

郵便の父、前島密をめぐる旅_浦賀🚃逗子🏝🚶‍♀️葉山🚌芦名浄楽寺でお墓参りと写経体験


私がもっとも尊敬する歴史人

それは
前島密(まえじまひそか)
です。


どんな人かといいますと…

尊敬する人物なので、消しゴムはんこでも彫ってみました!!

前島密を知ったきっかけは20代のときのこと。
東京目白にある「切手の博物館」に訪れて
大好きな切手や郵便の世界を鑑賞していました。

そのなかで郵便の歴史を説明している展示コーナーがありました。
日本の郵便がイギリスの郵便制度を参考にしていたこと、
前島密という人が日本の郵便制度をイギリスから取り入れたことによって
今日のような手紙をどこへでも出したり、受け取ったりできるシステムができるようになったこと
を知ることができました。

江戸時代までは
高価で一部の人しか利用できず不便だった飛脚便を
明治維新のころ、前島密が国の事業にして、国内のだれでもが平等に
手紙をやりとりできるように整えていった
ということです。

郵便だけじゃない!前島密はどんなことをした人?

郵便

イギリスの郵政事情を見て、積極的にその制度を日本にも取りいれようと「郵便」「切手」「葉書」という名称を定めた。近代郵便制度の創設者の一人であり、その功績から「 郵便制度の父」と呼ばれる。

鉄道や海運

1870年に「鉄道臆測」という見積書を明治政府のに提出し、鉄道建設にも一役買っている。東京、大阪、函館、石巻間で郵便海運にも力を入れた。

電話

官営か民営にするかでもめていたが、逓信省の次官となった密は官営に意見を統一し、明治23年12月に電話交換業務を東京・横浜市内とその相互間に開設した。

新聞

ひろく世の中の情報を広めることが大事であると、新聞雑誌の低料送達、記事の収集をたやすくするため新聞の原稿を無料で送れるようにした。

教育

大隈重信が建設した早稲田大学の前身、東京専門学校の評議員となる。のちに校長の職につく。
明治35年に早稲田大学を開校するにあたっては基金募集委員長を務めた。

ざっと書き出しましたが、この他にも多数あります。
郵政博物館のサイトがわかりやすいです。

前島密の終生の地、神奈川芦名をめざして

2021年は「郵政創業150周年」という記念の年。
なので2021年は
前から行ってみたかった前島密に関する歴史探訪の旅
を楽しむ年にしよう❗️
と決めました。

①まずは浦賀ー黒船来航に思いを馳せー

茨城の自宅からJR常磐線、品川から京急に乗り換える電車旅。
感染症に気をつけながらの緊張感ある一人無言移動。

京急電鉄 浦賀駅 に到着。
キャリーバッグを駅コインロッカーで預けようと思ったら、まさかの!コインロッカー設置なし。。

なので道中ずーっとコロコロとバッグを引きずりながらの散策を覚悟!
(そのうち慣れました(😅))
散策のときは事前のロッカー下調べが重要ですね!

浦賀、歴史の教科書で黒船来航の地とさんざん習ったものの
訪れたことがありませんでした。
実際に行ってみることで、
嘉永6年(1853年)(いや〜ごさん※年号語呂合わせ)
多くの幕末の青年達(その中に前島密も)が訪れたというその当時の場所を
旅行の第一日目に巡ることにしました。

浦賀駅から徒歩15分程
浦賀港西側海岸にある「西叶神社」に参拝。
高台の境内から少しだけ海の近くらしい潮風を感じられます。

じっくり観るのをわすれちゃいましたが
社殿彫刻がすばらしいそうで。
天井の彫刻が西叶神社のサイトでも掲載されてます。

西叶神社で勾玉のお守りを授かりました。

西叶神社から歩いてすぐ、海岸沿いへ。
「浦賀の渡し船」の乗り場がありました。
ポンポン船の愛称で親しまれているそう。

名前も見た目もかわいらしい船は
たった数分で向こう岸である東側に到着します。

乗船中はなんとも潮風とロマンを感じる特別な数分間でした。
お子様連れやカップルにもオススメ

さて
浦賀港の東側につきました。
こじんまりと住宅がならぶ地域を
4、5分あるいていきます。

港につながってる小道、
なぜか通りすぎたくなっちゃう衝動にかられる〜


さて東叶神社につきました。
鳥居の反対側(画像の手前側)は、すぐ港の水面です。

この東叶神社は
海難その他の難事の際に、身代わりとなって人々を救う「身代わり弁天」が祀られています。

この東叶神社は勝海舟とゆかりがあるそうで
断食修行のとき使った井戸、
山頂には断食したとされる場所の記念碑も

授受所では、こんなかわいらしいクロスステッチの案内タペストリーが!
神社の関係者で刺繍をする方が制作されたそうです。
このタペストリー、けっこうおおきいサイズです。ヨコ60センチほどあったかなあ。
漢字とEnglishの配置、鳥居や似顔絵の簡略具合、すべてステキ!こういうの大好きだなあ、、、、
とってもシンプルでフレンドリーなハンドメイド作品、
海外からの旅行者向けだと思いますが、
日本人の私達にもとってもうれしい気遣いだとおもいました。

境内の山の斜面にある「恵仁志(えにし)坂」と「産霊(むすび)坂」
結構急な石段ですが、登ってみました。

坂を登り切るまでに休憩しながら7、8分くらいでしょうか。
歩きやすい靴で登ることをオススメします。。。
奥の院や勝海舟が断食したという記念碑が建っています。

山を登り切ったご褒美かとおもうような
開放感あふれる海と空!
風もよくふいて気持ちのよい高台です。
この場所は浦賀城址でもあったようで、記念の碑が建っています。

東叶神社でお守り袋を授かり、
境内で対岸の西叶神社で授かった勾玉をセットしました。縁結びに効くんだとか。
(旅から帰って知ったのですが、勾玉を東叶神社境内にある竜の口からでる水で清めてから袋に入れるといいそうです)

浦賀駅への帰り道、
浦賀ドッグ(元造船所)外壁にあった中学生が描いた歴史絵
佐久間象山のお濃い顔、吉田松陰ののっぺり(失礼)した特徴をとらえていてオモシロイ

逗子・葉山へー逗子郵便局で風景印を押すー

浦賀駅に戻り、京急電鉄に乗って、逗子葉山駅で下車。
三浦半島の西海岸側にきました。
この日の宿「うみのホテル」にはバスで7分ほどかかりますが、
旅の記念に逗子の風景印を押したいがため、
郵便局に立ち寄りたく、
バスには乗車しないで徒歩で行くことに。

土曜日のためゆうゆう窓口で風景印をお願いしたら
係員さん「ご自身で押しますか?」
とおっしゃってくれたので、
わーい!とじぶんでスタンプしちゃいました!

4枚ともすべてきれいに押印できました〜!

逗子海岸とウィンドサーフィン、市花のほととぎす(ユリ科ホトトギス属)の意匠。
押印前と後に手を消毒しました。

葉山 うみのホテル に泊まってみた

逗子郵便局から徒歩で20分、うみのホテルに着きました。
海岸沿いの国道134号線をひたすらカートをコロコロ。。途中道幅が狭いところもありましたが、
海岸沿いを歩くのはとても気持ちがよかったです。

海岸沿いに建つ、うみのホテル。もともとはアサヒビールの研修所だったそう。

バンクルームというシングルのベッドのみスペースのエリアもあり、当初はそちらを考えていましたが
感染症の影響も考え、今回はダブルルームにしました。
山サイドのお部屋。

イメージカラーのオーシャンブルーで室内やアメニティバッグが統一されています。

夕食にホテル近所のしらす丼をテイクアウトする予定でしたが
なんと売り切れ!港の食堂は閉店が早いそうです。。。
ホテルのカフェで鶏肉フォー+パクチー増し。
旅の間電車で読んでた本もいっしょにパチリ。

児童向けの伝記シリーズ。
前島密の生い立ちや人生が簡潔にまとまっていて、とても読みやすいです。

巻末の資料がわかりやすくカンタンになっています
・船や徒歩で旅してまわった日本国内の場所が、わかりやすい地図で図解されている
・彼をとりまく人物を写真入りで説明


前島密が登場している少年少女向けの伝記はなかなかめずらしい気がしたので
さっそく発売前に予約しちゃいました。
4月20日、郵政記念日、しかも150周年という記念の年に発売されました。
郵政関係の方々の粋なはからいをかんじてしまいました✨
大人向けとしても十分な読み応えです。

夕食とお風呂の後は
部屋の窓辺でひとり読書と
昼間に風景印をおしたはがきに
手紙を書いてすごしました。

リアル前島密と
かわいいバージョンの密くんの消しゴムはんこで
ペーパーアイテムを作ってみました。

ぽすくまの1円切手が発売されたとき
「いかめしい顔のおじさんの切手を貼るとテンションが下がってしまいます」
「かわいい切手と雰囲気があわない…」
という意見がたくさん聞かれて、日本郵便が世論や時代にあわせて発売を決めたという経緯を知りました。

私自身は前島さんLOVEで、
かっこいい肖像画だと思っていたので
むしろテンションがあがる方だったんですが…

日本郵便の増田寛也社長が「潜在的ニーズが高いと思った」と語ったそうで、
人々のニーズというものをわたしの中でかみくだいてみました。

おもいつきですが前島さんの肖像も
少しかわいくすることで
前島密の実績やお人柄を親しみやすくしてみようと
ちいさいながら私の表現として、この消しゴムはんこをつくってみました。

スタンプしたあと、コピックで色をつけました。
ぽすくま切手とカラーをあわせて。

1円肖像切手の写真ではフロックコートを着ていますが
他の記念写真では着物が多いような気がしたので
和装でやさしいおじいさん感を表してみました。

翌日朝、
ホテルの朝食プランのサラダボックスを食べました。
ホテルのカフェや小上がりスペースで、海をみながら食べるのも素敵そうでしたが、
部屋に持ち帰ることも可能。

朝食後には美大予備校時代からの友人、mちゃんとホテル前の海岸で会いました。
このご時世なので、短時間のおしゃべりにとどめましたが
地元在住のmちゃん情報をたくさん聞いたり、お互いの近況など話して楽しかったです。
友達に会うのって、やっぱり楽しいですね。

前島密の菩提寺、浄楽寺にて墓前へお参り

チェックアウトして、荷物をホテル置きにして、
バスで西海岸沿いを移動することに。
バスからは、森戸海岸、葉山御用邸、海沿いの瀟洒なホテルや邸宅など見られて
海旅を満喫できます。

この目的地は前島密のお墓がある「浄楽寺」。
浄楽寺では写経体験もさせていただきます。(毎月最終週日曜日に開催)

バスで寄り道しながら、バス停浄楽寺前に着きました。

バス停を降りるとすぐ、
お寺の参道前に
「前島密翁の像のPOST」があるではありませんか!!
『 郵 便 は 世 界 を 結 ぶ 』
このポスト、もちろん投函できます。

晴れて気持ちのいい午後、浄楽寺に来ることができました。
お参りできたころに感謝。

境内の裏手の山を上がっていきますと
小高い山の頂上付近に
前島密翁のお墓が。
しゅろの木が南国感を醸し出しています。
三浦半島ってやはり暖かいんですね。

緑にかこまれて
オブジェのようなかっこいいお墓
右隣に功績をたたえる石碑があります。

墓石左脇には
ポスト様な木製の箱が設置されてます。

「日本文明の一大恩人前島密翁を称える会」のみなさんの署名帳や
「前島密業績絵画」のリーフレットが入っていました。
このリーフレットはどなたでもいただけるそうですよ。

リーフレットもいただき、今日の記念に記帳しました。

浄楽寺【写経で心を静める修行体験】と運慶の仏像の前で暗闇参り

お墓参り後、社務所で写経体験会にも参加しました。
副住職さんの法話をお聞きしして、写経をしました。
筆ペンも紙も貸してもらえるので、手ぶらで大丈夫です。(冥加料がかかります)
一字一句お手本を下敷きにしながら、なぞって書くだけですが
はじめは早く書かなくては、と焦るような気持ちがありました。
だんだんと丁寧にじっくりと書けるようになってきました。
集中していると、小川の流れる音がして、心地よく字を書くことに専念できました。

写経の後は
収蔵庫に移動して、運慶の像を前にお念仏を唱える暗闇参りを行いました。
副住職さんのあとにつづけて念仏をとなえます。
念仏は「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏…」ととなえながら、木魚をたたきます。
だんだんと部屋の中は暗くなり、
最後は暗闇の中で念仏をとなえ、
運慶像が金色に浮かび上がってくる不思議な異空間を体験させていただきました。


念願の一人旅を経ておもうこと

写経体験のあと、ホテルで書いた手紙を投函しました。
午前中にホテル前の海岸であったmちゃんと
旅行中、家で留守番している家族に向けて。

ずっと前から、前島密のお墓参りと浄楽寺に行きたいと考えていました。
夫と小学生の娘、家族3人で行くことも考えました。
ですが、やっぱり一人で行かせてもらいました。

歴史博物館や史跡めぐりでは、私はその土地の地形をひとりでもくもくと歩いて、
空気を感じきりたいと思う性分です。
ひとりで感じること、その当時の雰囲気を感じること、昔の人の気分になってみること。

茨城から神奈川への移動は日帰りもできる距離ですが
観光より電車に乗っている時間の方が多くなってしまうので
一泊させてもらいました。

夫に休みを調整してもらい
そして4月27日の密翁のご命日に近い、4月25日の写経会に参加するべく
数ヶ月前から旅の計画をたてました。


このコロナ渦の中、
行くことをためらう気持ちもありました。
でもひとり孤独に行動する楽しさや気兼ねのなさは
格別のものです。

自分との約束を果たせたので
とても満足のいく旅となりました。

2021年、まだまだ歴史旅は続きます。
つぎは前島記念館に訪れる予定です。

今はみなさんの免疫力が下がらないように願い、お互い注意しあいながら、
少しでもはやく感染症が収まり、マスクや他の制限を心配することなく行動できる日を夢見ています。

前島密を知るためにおすすめの本

前島密 郵便で日本の人びとをつなぐ (伝記を読もう 23)

前島密の人生をシンプルに味わえました。
児童向けの端的な表現なので、全体像がつかめます。

すべての人が平等に利用できる便利な制度をつくろう、と願いをもち行動した人物として描かれています。

郵便だけでなく、新聞や鉄道、のちの早稲田大学や筑波大学附属視覚特別支援学校などの教育にも携わり、
漢字廃止論を発案して、それを実践した「まいにちひらがなしんぶんし」の画像もあります。

小学校や公立図書館でゆったり調べ物している気分になる本。写真などの資料も豊富です。

小説 前島密―天馬陸・海・空を行く

歴史小説、エンタメとして楽しめました。
わけあって幼年期にお母さんであるていさんが女手ひとつで育てるのですが、わりと高齢で出産した子だったため、
私自身も39歳で出産したことと重ね合わせて読んでみたり、母目線でも読めました。
少年期から青年期にかけて、いろいろな人物との出会いの描写が面白く、まさに一期一会のワクワク感。
人物がたくさん登場するので、そのつどwikiって確認しながら読むのがおすすめ。
出会いの中で、前島さんはとても真面目で自分のことをひけらかさないという人物像が伝わってきました。
明治政府で郵便制度を立ち上げていくところで、渋沢栄一と協力したり、ご家族が実際に郵便の距離を歩いて実地試験をおこなったりしたことなど書いてありました。
大政奉還、明治維新などの歴史背景もドラマを見ている様な気分になります。

前島密―前島密自叙伝 (人間の記録 (21))

ご本人が三浦半島の芦名に隠居されてから書かれた自叙伝。
先出の2冊のいずれかを読んだ後、この自叙伝を読むと
理解度がすすむかと思います。

実は尊敬している前島密翁の消しゴムはんこのお姿、
下の記事でご紹介しているメモパッドに登場しています。
お手に取っていただけたら嬉しく思います。

これからも前島密翁をめぐる旅をつづけていく予定です。

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コメント2件

  • ゆうゆう より:

    はじめまして~
    私は前島さんの生誕地域(新潟県上越市)に
    住むものです。
    ぜひ、前島記念館にお越しくださいませ。
    心よりお待ちしています。

    追伸
    今、新潟日報(朝刊)で前島密氏の『ゆうびんの父』が連載されています。直木賞作家 門井慶喜さんです。大変面白く大河ドラマ化を期待しているところです。

    • fumiwo より:

      ゆうゆうさま
      前島さんの生誕地、上越市にお住まいなんですね!
      記念館の内容が素晴らしいと常々聞いています。
      生誕地もぜひお伺いしたいです。

      新潟日報の前島さんの小説も気になっておりました。
      挿絵のイラストも興味があります。
      書籍化、モチロン大河ドラマにもなるのを期待しています。

      コメントありがとうございました^ ^

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